『作業』になった日常に、母が灯した小さな明かり

エッセイ

あの日、私の1日はただの「作業」だった。

朝、重い体に栄養ドリンクを流し込み、まだ薄暗い時間に家を出る。
夜遅く、疲れ果てて帰宅すると、食卓には母が用意してくれた夕食が
静かに待っていた。
それを口に運び、お風呂に入り、泥のように眠る。
そしてまた、同じ朝がやってくる。

新卒で入ったその会社は、いわゆる「ブラック企業」だった。
毎日続く残業、存在しない有給休暇、申し訳程度に支払われる手当。
けれど、当時の私はそれが「社会の当たり前」なのだと疑いもしなかった。

唯一の救いは、職場の人間関係が温かかったこと。
「みんなも頑張っているから」「人がいいから」。
そんな、今思えば危うい理由だけで、私の心はかろうじて形を保っていたのだと思う。

限界の境界線なんて、自分では見えない。
ある日、そんな私を静かに見守っていた母が言った。

「体調的にもう、辞めた方がいいんじゃない?」

その一言が、張り詰めていた糸をぷつりと切った。
すでに限界なんてとうに突破していたことに、その時初めて気づかされたのだ。

その後、会社を辞め半年間の休暇をとった。
何もしない時間、ただ呼吸を整えるだけの時間。
その空白があったからこそ、私は「自分に合う働き方」という、
新しい道に進むことができた。

世の中には、いろんな悩みを抱えて走り続けている人がたくさんいる。
「そんな仕事はやめてしまえ」なんて、無責任なことは言えない。
人にはそれぞれの事情があり、それぞれの人生があるから。

けれど、もし今、あなたの毎日がただの「作業」になっているのなら。
ほんの少しだけ立ち止まって、深呼吸をしてみてほしい。

一度止まってから、また歩き出す。
そんな「再出発」という選択肢が、あなたの未来にあってもいいのだと思う。

Photo by Julian Hochgesang on Unsplash

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